KH Chronicle

1975年生まれ。サッカーのことを多めに書いています。医療と経済にも興味があります。

雑誌「MONKEY Vol.5」を読んで、村上春樹とうちの父のことを思った

雑誌の「MONKEY Vol.5 ◆ 死者の歌――イギリス・アイルランドの物語」をAmazonで購入して、村上春樹さんの連載部分だけ読んでみました。こういう文芸雑誌って普段は買わないのですが、「村上さんのところ」で紹介されていたので気になって買ってみたわけです。

 


小説家になる経緯 - 村上さんのところ/村上春樹 期間限定公式サイト


Monkeyという雑誌が、柴田元幸さんという人の編集であること、その柴田さんというのは村上春樹さんに翻訳のやり方を教えた人であること、その雑誌の中で村上さんが連載を持っていることを知りました。

ひとまず、村上さんのデビュー当時のことが詳しく書いてあるというのでその部分を全て読みました。なるほどなぁということがたくさん書いてありました。

実はうちの父と村上春樹って同い年なんです。昭和24年生まれの早生まれ。学年も同じと言うことになります。村上春樹は、1年浪人して早稲田大学の文学部に入り、学生結婚して、そのまま在学中にジャズ喫茶を始め、7年かけて大学を卒業し、そして神宮球場で野球を見ていたときに、「そうだ、小説を書こう。」と思って今に至ります。

うちの父は、高校卒業して九州の薬科大学を卒業し、薬剤師になり、大阪などで数年勤務した後、職場で結婚相手を見つけ、しばらく関西で結婚生活を送ったあと、ひいおじいさんの体調が悪くなったので実家に帰って今に至ります。

同じ年に生まれているのに、ずいぶん違う人生を歩んでいるなぁと感じました(笑)。そういえば、糸井重里鈴木宗男もうちの父と同い年です。何だろう、団塊の世代っていつも一括りにされるのに、ミクロ的に見ると全然違うんだなと思います。

だいぶん話がそれましたが、Monkeyに書かれている村上春樹さんの話は、どれだけジャズ喫茶が大変だったか書かれていますし、それでいて、サラリーマンにならずにずっと音楽に囲まれた生活は、それはそれで楽しかったと書かれています。また、ジャズ喫茶をやっているときは、とてもお金に困ったが、そういう経験を若いときにできてよかったとも書かれています。

デビュー作の「風の歌を聴け」も、いざ小説を書こうと思ったが、全然うまくかけなかったところからスタートしています。どういう風にデビュー作が完成されたかは、実際にMonkeyを読んで見て下さい。とても面白い発想です。

いやはや、村上春樹って、どういうわけか、僕の心にぐいぐい迫ってくるものがあります。何なんでしょうね。やっぱりシンパシーを感じる部分が知らない間にできているんでしょうね。会ったこともないのに、不思議だなぁ。